量子力学は可積分系を前提に作られた理論体系です。そのため、可積分系とはとても相性が良く、 波動現象であるにもかかわらず多くのことを粒子的な描像で理解することが可能になります。 一方、古典力学でカオスを発生する系の量子力学にはその土台にはっきりしないところがあります。 そのため、そこで何が起き、それらをどう理解すれば良いのか、判然としない部分が多々あります。 カオスがあると量子力学はどうなるのでしょうか? 量子カオスの問題は、物理現象の複雑さの起源である系の非線形性とミクロな法則を支配する 量子力学との間にまたがる基本問題の一つと考えられます。我々は、近年進展を遂げつつある、 複素力学系理論、漸近展開理論などの助けを借りつつ、 非可積分系に現れる純量子現象(たとえば、トンネル効果、局在現象、量子絡み合いなど)に注目し、 その基礎理論確立を試みています。
現実の物理現象に現れる力学系は、可積分な系でも理想的なカオスが現れる系でもありません。 我々が目にする最も一般的な系には、規則的な軌道とカオス軌道とが複雑に混在し、 たとえ自由度の低い、一見単純に見える系であってもその動的振る舞いは極めて複雑になります。 その一方、多くの自由度の関与する、物理・化学、さらには生物現象の特徴は、 その動力学のうちに階層的なタイムスケールや集団的運動が存在することです。 大自由度系と言えども、動力学中に構造が発現し、その状態が一定期間維持されることは、 経験的にもよく知られ、また、それに記述する多くの現象論があります。 我々は、ミクロな立場(ハミルトン系)から、規則運動とカオス運動が混在する少数自由度、 および大自由度系の古典非可積分系の問題を探っています。
熱力学における断熱サイクルは物理系に何ら変化をもたらさない、つまらないサイクルです。 同様に、力学の問題として孤立した量子系に断熱サイクルを施しても、一見何も変化しないように思われます。 しかし、量子カオスの研究でよく調べられている周期外力系のように、 これまで断熱過程が徹底的に検討されていなかった状況では、 断熱サイクルが孤立量子系に非自明な変化をもたらすことが明らかになってきました。 私達は、この「新奇な量子ホロノミー」と呼ばれる現象の数理的構造を調べたり、新しい具体例を探索しています。 また、非線形偏微分方程式系のソリトンの制御や量子情報処理への応用も検討しています。